「夜中鎮痛薬を服用しても痛くて痛くて眠れなくてどうしたらよいか分からず、痛みが消えていくことをただ祈っていました。」と、朝一番で当医院に連絡をくださった患者さんです。本人曰く、「以前歯の神経を抜く処置を受けているので、その歯がなぜ痛くなるのか分からなかったし、痛くなるわけがないと信じ込んでいました。」とのこと。
ここで大事なことは2点あります。
第1は、どんな治療内容を受けたかということ。根の治療のことを根管治療と言いますが、その治療の目的は根管内を無菌的にすることです。従って治療する歯に唾液が侵入しないように患歯をゴムのシートで覆うラバーダム防湿を行うことが必ず必要です。(※根管内を100%無菌化することはできません。根管側枝に閉じこめられた細菌を不活性化させるためにも緊密に根管内に薬を詰めることが求められます)
第2は、感染した根管内を洗浄・消毒するために薬液で洗い流す処置が必要です。ラバーダム防湿をされていなければ口腔内が薬液によって爛れたりしますので、その意味でもラバーダムを使うことは治療に入る際の必要最低限の準備となります。
尚当医院では、肉眼では確認できない根管内をマイクロスコープ(実体顕微鏡)にて拡大しながら治療を行っています。
動画は、触るだけで痛みのある過去に神経を抜く処置をされた歯です。途中から排膿されているのが確認出来ます。幸いにして感染根管の適切な再治療を行うことで、抜歯を避けることは出来ましたが、長期間感染していた歯質は本来の健全歯質ではありません。
全ての歯科治療は歯の延命処置であり、治療を受けたからと言って、半永久的に被せ物が脱離しない、根管が破折しない、などを保証できるものではありません。
別の言い方をしますと、むし歯という疾患が治ったことになりますか?
むし歯に至った原因を取り除くことが本来の歯科医療の本質であり、むし歯によって失われた機能・形態回復することが治療ではないでしょうか?
詰めること、被せることは口腔内に異物が入ることになり、しかも半永久的に維持させることは不可能です。
であれば、歯科医院では何をすべきなのか?
先ずは、う蝕(歯質の細菌感染)疾患のリスクの有無を調べる必要があります。咬み合わせ、歯並びは問題ないのでしょうか?なぜ同じ個所を数年おきに治療を繰り返すのですか?治療についてはその次に考えることです。
典型的な日本の歯科医療の良くない例は、歯が痛くて歯科医院に駆け込んで、直ぐに型を採ったり詰めたりする治療をすることです。しつこいようですが、それはむし歯の原因を残したまま表面的な治療をしているだけで、そのような治療を繰り返している人は、歯科医院に行くたびに自分の歯が失われていくだけです。
一番奥の歯に銀歯が装着されていますが、レントゲン診査において根管治療がきちんとされていない状態。患者さんに自覚症状は全く無い。
症状がないという理由でこの銀歯を外すことをしなければ、この歯は寿命はどれくらいだったのか?
症例2のケースは、素人目ではむし歯には見えないかもしれませんが、レントゲン撮影によって歯の硬組織が溶けていることが分かります。従って歯科医師からむし歯の治療を勧められるかもしれませんが、考えて頂きたいことは、なぜむし歯になってしまったのかということです。前後の歯には以前に金属を装着したむし歯の治療履歴がありますので、この方はむし歯の治療は受けているけれどもむし歯になる“疾患”そのものを治していないことになります。原因があるからむし歯になるのです。むし歯になるから原因があるのです。歯もご自身の身体の一部です。安易に歯を削る環境を作らないように考えてください。当医院では皆様によくよく考えて頂き、むし歯のリスク検査を行ったうえで治療が必要な場合のみう蝕(感染領域)除去、極めて精密な修復処置を行います。歯医者任せの治療を希望される方は受診をお控えください。
この様な症例において、歯の干渉(外傷)箇所を削合することは根本的な痛みをなくすことにはならない。奥歯を削ることで咬み合わせは余計低くなり、下顎は後方に下がることで顎のポジションにも変化が起きることが容易に予想されるからである。長期的な視点で咬み合わせを診た場合には、顎関節症を引き起こす要因にもなりかねない。私も聖人君子ではない。私の診断が絶対ということはないかも知れないが、臨床とエビデンス(科学的根拠)の隙間を埋める今までの経験値を加味して診断させて頂いている。
医療に携わる者として、分かっていることよりも解明されていないことが多くあるという謙虚な姿勢は常に心掛けて一期一会、目の前の患者さんに接したい。
説明)先ずは左上の写真をご覧いただくと、上顎奥歯(臼歯部)の咬頭頂(先端部分)が横線を引いたように擦り減っているのがお分かりだろうか。エナメル質の硬い組織でもこれだけ擦り減るのが現実である。ではなぜそこまで擦り減るのか?金属などの固定に繰り返し加わる力によって物体が次第に疲労して脆くなり最終的に破折するという現象を物質疲労というが、歯のエナメル質や象牙質なども例外ではない。従って、どのような咬み合わせであっても歯の擦り減りは生理的な変化として認められるが、歯並びの乱れ、上下的な咬み合わせの偏位があれば、夜中の無意識下に行われる歯ぎしりによって上下的な歯の強い干渉が生じ、部分的に過度の力が継続的に掛かることになる。歯ぎしりは生体が必要があってするものであり、止める必要もなければ止められるものではないと当医院では捉えている。マウスピースを装着することで上下的な歯の干渉を防ぐことは出来るかもしれないが、今後の長い人生において毎日5~6時間装着することは顎関節にとってどうなのかという問題が出てくる。もしもマウスピースを使うとしても、当院では生活の中でストレスを過度に感じている時のみ使うことを勧めている。但し、根本的には歯並び、咬み合わせの改善を図ることを勧めている。機能的な矯正治療を行うことによって、写真右下のような歯が破折するリスクを軽減することが目的である。どのような治療を行うにしても治療に伴う長所、短所は必ずあり、それらを理解したうえで治療を受けることが何よりも重要なことである。
歯科における論文で、30年間のメンテナンスを追いかけた結果を記した“The long-term effect of a plaque control program on tooth mortality,caries and periodontal disease in adults. Results after 30 years of maintenance.2004”
がある。是非とも皆さんに目を通して頂きたい。この中には30年間のメンテナンス中に失われた歯はほとんどないが、失われた歯の主な原因は歯根の破折とあります。このことは私の25年以上の臨床経験の中でも重なる部分であり、神経のある歯の破折もあれば、神経を抜く根管治療を受けて被せ物が装着されている歯の歯根が割れることも含まれます。生涯にわたり歯を守るためには皆様が歯科医療者と同等の知識、理解を得ることができれば可能なのではないかと考えております。むし歯、歯周病の原因となるプラークコントロールはなぜ必要なのか、歯を磨いているのになぜ磨けていないと指摘されるのか。歯が欠ける?歯根破折?治療した詰め物が取れる?それらの原因は何か?。歯の並び、歯の傾斜、重なり(叢生)、上下顎骨を含めた咬み合せという観点からの個人に適したリスクアセスメントを行うことが必要である。
ある自動車メーカーの『保守』Maintenanceの考え方
人々が生活の上で使用しているものは、どんなんのでも時間とともに劣化・老朽化を生じ、やがて使用に耐えなくなる運命にあります。しかし、定期的なメンテナンスによって、問題となりうる箇所を早期に発見し、適切な処置を実施刷ることが製品の寿命を延ばすことにつながります。
特に、ご自身や大切なご家族やご友人を乗せて走る自動車のメンテナンスは、安全、快適のための重要な保守となります。〇〇車の保守・点検のご用命は、〇〇車を知り尽くした正規ディーラーに。
歯科におけるメンテナンスの基本的な考え方は同じです。過去にむし歯の処置を受けていない健康な方においても経年的な歯のすり減り、咬み合せの変化が必ず生じます。毎年口腔内の経過写真を撮影し、レントゲン検査を継続することで、問題になりそうな箇所の早期発見も可能になります。また、むし歯の疑わしい箇所が確認されたとしても直ぐに処置をするのではなく、口腔内のむし歯のリスク検査を行ったうえで慎重に経過を追い、治療をすることで歯の予後が良くなる、歯の延命を図れると判断した場合にのみ治療をすると考えることが重要です。
歯肉の状態の診査は歯周組織検査を毎メンテナンス時に行い、2年に1回は全体のレントゲン撮影を行います。バイオフィルム(デンタルプラーク)とは、口腔内の細菌が複雑に絡み合い、歯面及び歯根表面に塊となって付着します。この状態になると、洗口剤やブラッシングでは除去できません。従がって歯科衛生士が歯石を除去するとともに、専用の器具を使って歯面及び歯根面を滑沢にし、再びバイオフィルムが形成されるのを遅らせるように丁寧に処置いたします。
定期メンテナンスは治療を受けた歯科医院で、あなたの口腔内を知り尽くした信頼のおける歯科衛生士に!
歯科治療では何らかの理由によって抜歯を余儀なくされた欠損箇所にインプラント(人工歯根)を埋入し、その上に被せ物をする治療法がある。私の認識ではインプラント治療は高度先進医療との位置づけがあり、インプラント治療を希望される患者様にはしかるべき専門医を紹介している(以前は当医院でもインプラント治療を行っていましたが)。
抜歯=インプラント治療という方程式のような説明を一般開業医が安易に行い、あたかもインプラントが抜歯された歯と全く同じような機能をするかのように伝えるのは如何なものかと日常臨床で常に感じている。むし歯の治療においても歯を削って被せ物をする際にはどのような被せ物があり、種類によってどのような長所、短所があるのかをきちんと理解してから治療を受けるべきであり、それとて元の歯と同じ状態になるわけではない。
世の中にはインプラント治療によって恩恵を受けている患者さんがいることは承知しているが、インプラント治療によるデメリットも把握したうえで治療を受けることが重要であり、さらにはなぜ歯を抜歯せざるを得ないような状態になったのかまで掘り下げて考えることが予後を考える上では避けて通れないと考えている。
咬み合わせが原因で歯にクラックが入り、治療を繰り返した挙句抜歯に至ったのであれば、根本的には咬み合わせを改善させることを優先すべきであり、根本原因を残したまま欠損箇所にインプラント処置を行っても歯を失った原因を取り除いたことにはならない。
私が強く伝えたいことは、歯を失うことは本来身体に備わっている機能が失われるということであり、28本中の1本が失われただけの問題では済まされないということである。
咬み合わせの治療で2年間のトレーニングを終了した9歳の女の子がいる。治療開始当時は7歳であるから本人がというよりも親御さんが子供の歯並びを気にされて来院された。
上下前歯部の叢生(歯の重なり)を認め、奥歯も内側に傾いていたことから、口呼吸と咬唇癖、異常嚥下があることは診査前から予想されたことである。
不正咬合の原因は1)口呼吸、2)異常嚥下、による舌を含めた口腔周囲筋の筋肉パターンの習癖にあることを親御さんにはしっかりと理解して頂き、2年間のトレーニングを継続して頂いた。
上唇の形も富士山型から理想的な形態に改善され、水を飲む際の舌突出癖もなくなった。そして何よりも上下の歯列弓形態がそれなりに揃い、上下的な咬むポジションも理想とされる位置に誘導され、顎顔面骨格の正しい成長が獲得できていると判断し、一連の治療トレーニングは終了となった。
人間の持っている生体治癒力の活性化、正しい環境を整えることさえできれば、成長途中にある子供の歯並び、咬み合わせは改善できる。
歯科における「予防」とは、う蝕(むし歯)予防だけではない。長い一生のスパンで捉えると、小児の不正咬合の改善は子供達の将来の健康体を創り出すための“大予防処置”であり、成人になった時の笑顔の復活や対人関係の好転を促し、ひいては仕事の成功を通じた社会貢献へと発展していく可能性を産み出します。精神的にも社会的にも満たされる幸せな人生が歩めるように、当医院は子供達に寄り添い、トレーニングの指導をこれからもさせて頂きます。
2021,7,26